Palana 3の村落開発委員会

2006.11.02 Thu

前回のカチン州への出張では
合計で7つの住民組織の方々と
話をさせてもらう機会を得られました。
きょうはその一つ
Palana 3という村の村落開発委員会を紹介します。

Palana 3 VDC
この組織は男性6人、女性3人で構成されています。
前列右端の男性はメンバーではありません。
前列の右から2番目が村長さんで委員長
その左隣は村の小学校の元校長先生で
女性3人はSRGという女性グループのメンバーです。

この村には初めてお邪魔しました。
いつもは教会や学校で集会をさせてもらうのですが
この日は、後ろに見える壁なし屋根だけの建物で
話を聞かせてもらいました。

なぜこの場所なのか?
実は、この委員会はここで朝市をやろうと計画していて
その場所がここなのです。
元々ここはある行政機関の事務所があった場所ですが
この委員会がお金を借りて土地を買い取ったそうです。
またこの事務所は、移転するときに
屋根だったトタン板を持っていってしまったので
借りたお金で藁を買って、屋根にしています。

この村には前から村落開発委員会があったのですが
村長が交代したのを契機に
今年8月に新たに組織しなおしたそうです。
そのときたまたま村を訪れたスタッフが村長さんと話をして
今までの委員会はあまり活発ではなかったが
これからはこの委員会が中心になって村の開発を担うべきだ
といったところ
村長さんは、それでは真剣になってメンバーを選びましょう
ということになったそうです。

たしかに、メンバーとスタッフとの話を聞いて、見ていても
彼らの真剣さが伝わってきます。
ほかの村では、メンバーの中には必ず「上の空」の人がいますが
この委員会のメンバーは、
みんな真剣な顔で他の人の発言を聞いています。

朝市を村で開催したいというアイデアは前からあったそうですが
それを実際にやってみようと試みた人はいませんでした。
でも、この新しい体制になって事が進み始めています。
そこには、うちのスタッフも本気になって
村の人たちによる開発をサポートしているからでもあります。
これは、わたしが7月から進めている
自立発展のための戦略の一環でもあります。

さて、こんなに真剣で実行力のある住民組織も珍しいので
ちょっと聞いてみました。
「なぜ、あなたたちはそんなに活発なのですか?」と。

村長さんは
「私自身も貧しいので、貧しい人の気持がわかります。
 だから、どうしても村をよくして
 貧しい人の生活がよくなるように助けたい。」
と、語ってくれました。

元校長先生いわく
「ここにいるメンバーのほとんどは
 みんな私の教え子だった人たちです。
 学校では、みんなで協力して
 村をよくしていこうと教えてきました。
 だから、この村の団結は固いのです。」

そして、後列右から2番目の男性が
それまでは静かだったのですが、口を開きました。
「私は元ギャンブラーです。
 大酒をくらってはギャンブルにひたり
 ついには、すべてを失ってしまいました。
 でも、いまは自分のおろかさに気づき
 村のために何かしたいと思って この委員会に入りました。」

素晴らしい人たちです。
聞くと、メンバーの選定には厳しい基準があったそうです。
村の開発に高い関心がある人、
村にいて集会や活動に参加できる人、
そうやって本気になって組織を作ったからこそ
この委員会はしっかりと機能しているのでしょう。

一つだけ引っかかることもありました。
前列右端の男性です。
なぜか、ちゃっかりと写真に納まっていますが
メンバーではありません。
実は、ちょっと胡散臭い人なのです。

彼は、村で選ばれた畜産ワーカーですが
あまりまじめなほうではありません。
畜産ワーカーとは、CDRTから研修を受けて
予防接種やその他の畜産関係の活動を
村で引っ張る役割を期待されています。

他の村の畜産ワーカーは牛1匹300チャットでやっている予防接種を
この人は800チャットとってやっていたそうです。
集会のときに、畜産の話が出てきたときには
おもむろに中座して、出て行ってしまいました。

ころあいを見計らってか、戻ってきたときには
朝市の話をしていたときでした。
すると、聞いてもいないのに
急に話し出して
「いやー、この土地は実は私の口利きのおかげでして。
 近くの軍施設に駐留している大尉を個人的に知ってまして
 彼を通じて、この土地が空くという情報を得たんですよ。」
と、いかにも自分の功績だと言いたげです。

まあ、たいした実害はないのですが
こういう人はどこにでもいますよね。
他の人たちはあまり意に介した風もありません。
本人はまじめ腐った顔でいうのですが
あまりにもわかりやすいので笑ってしまいます。
しかも、最後は写真に入ってるし。

  1. 2006/11/02(木) 23:32:00|
  2. カチン州|
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デキるチームのリーダー

2006.11.05 Sun

デキるチーム 今週の本
J.リチャード・ハックマン 著
『ハーバードで学ぶ「デキるチーム」5つの条件』
(生産性出版 2005年9月)

うちのスタッフ、とくに現場のマネジャーたちに
読んでほしい本ナンバー1かもしれません。
わたしも目からウロコの1冊でした。

「チーム、チーム」と、
人の集まりであれば何でも
深く考えずチームと呼んでいましたが
チームというものがどういうものであるのか
やっとわかった気がしました。

「今日では、
 多くの組織が「チーム」と呼ばれるグループを結成し、
 かなりの量の仕事を実行させているが、
 その実態はチームではなく、
 単なる共行動集団であることが少なくない」p.45

共行動集団とは、
上司がメンバーを個別に監督しており
メンバー間に仕事のつながりはなく
自分さえしっかりやれば
他のメンバーのパフォーマンスに関係なく
仕事を終わらせることができる「グループ」のことです。

わたしが所属する組織でも
チームとは名ばかりで
こんな「グループ」が多いなあ。

本書でいう「デキるチーム」とは
?顧客に評価されるアウトプットを出し
?チームとして成長し
?メンバー一人ひとりが学ぶ
という3つの基準をすべて満たした集団のことです。

そして「デキるチーム」になるために
著者は5つの条件をあげています。
シンプルな条件ですが、これらは
著者の組織心理学者としての長年の経験と
数々の研究成果を踏まえた結晶です。

?真のチームであること
?揺るぎない方針を持つこと
?チーム力が高まる構造を持つこと
?チーム力が高まる制度が整っていること
?適時、適切なコーチングを受けられること

本書はチームリーダーのために書かれており
語られているリーダーの役割がまたよいです。

「リーダーの主たる責任は上記の基本条件を整え、
 チームが仕事をこなす能力を
 少しずつ伸ばしていく可能性を高めることにある」p.35

あくまでもチームが主役であり
リーダーの役割は、
メンバーにあれこれと指示することではありません。

たとえば、リーダーはチームにどの程度の権限を与えるのか。
「真のチーム」の必須条件の一つである「明確な権限」では
?日々の仕事にも口を出す
?仕事のやり方は自分たちで決めさせる
?チームの構成、規範などの体制まで決めさせる
?方針など方向性までも決めさせる
と自己管理の4つのレベルを説明しています。

高いレベルの自己管理がよいわけではありません。
「チームの方向性は
 メンバーが話し合って決めねばならないものではない」p.68
「正当な権限を持つ人物がチームの方向性を打ち出さない限り、
 そのチームが効果的な自己管理を行うことは不可能である」p.68

ではリーダーは、方向性をどこまで具体的に示すべきか?
あまりに細かすぎると、
メンバーは「自分のもの」と感じることができません。
かといって、不明確で抽象すぎてもすぎてもよくない。
「方向性は、明確であると同時に不完全なものがよい」p.90

「うまく機能するシステムを作り出すには、
 ある程度の不確実性や曖昧さを覚悟する
 心構えと能力が必要だろう」p.89

このへんの曖昧さを受け入れるところが
いかにも現場を数多く経験してきた著者が
理論先行のお堅い学者とは違うところなのでしょう。

そのほかにも
モチベーションを高めるワークデザイン
集団の発展段階に応じたコーチングなど
盲点となっていたところを
シンプルでわかりやすく書かれている点が
本書をわたしがお勧めする理由です。

開発の現場で、支援を実施するチームを指揮したり
村の開発を担う住民組織を考えるうえでも
大いに役立つ本だと思います。

  1. 2006/11/05(日) 23:54:32|
  2. 読書ノート2005-06|
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元同僚との再会

2006.11.06 Mon

きょうは元同僚と久しぶりに再会しました。
彼は、カチン州全体を統括するトップだった人で
わたしは、CDRTの次のリーダーは彼と期待していたのですが…。
いまはSWISSAIDというスイスのNGOで
ミャンマー事務所の代表を務めいています。

彼は約8年間、CDRTの現場の前線で村の開発を支援してきました。
SWISSAIDはスタッフわずか5人で
現場で直接実施をしているわけではないようですが
地に足の着いた支援をしているようです。

SWISSAIDでは、対象とする村落は少ないのですが
15年という長いスパンで
ミャンマーでの開発支援を考えいるそうです。
狭く深くというアプローチなのでしょう。

翻って、CDRTでは年間5-6億円の予算を使って活動してはいますが
その視野はほぼ単年度に限定され
予算に活動が縛られた格好となっています。
予算が大きければ何でもできる、というわけではない好例ですね。
長期的な戦略がないため、
村人の能力を開発するというのは
中途半端といわざるを得ないような支援に終始しています。

その点、SWISSAIDの戦略は、
人材開発・育成に関してより確実な気がします。
短い時間だったのではっきりはいえませんが
小規模ながら息の長い支援を行っている様子がうかがえました。
「隣の芝生は青い」というだけかもしれません。

たとえば、村のリーダー格の人をタイへと送り
3-4ヶ月の研修を受けてもらう。
コミュニティフォレストリーなど先進事例があれば
その村へと視察へ向かう。
研修を受けた人たちは帰国すると
各自がやりたい分野のプロポーザルをSWISSAIDへと提出し
自分たちの村で開発事業を実施します。

面白かったのは、
そこには提案者であるリーダーの人件費も含めるということ。
いわば、SWISSAIDの半ばスタッフとなったともいえましょうか。
ここでも、村人の善意に頼るCDRTとは違います。
(どちらがよいという意味ではなく)

大きいものでは2、3の村をまとめて活動し
3年間で3万ドルほどの規模になるそうです。
なかには横領などに手を染める人も出るそうですが
おおむねこのアプローチは成功していると話していました。
研修で得た知識やスキルが確実に応用されているのか
誰がそれをサポートするのかという点が不明でしたが
わたしもよいアプローチだと思いました。

いままでで約80人の村のリーダーたちがこうした研修を受け
現在では初期の研修生が後輩たちの面倒も見ているとか。
これも長年の努力が実を結び始めている証でしょう。

わたしの元同僚も大きく飛躍しつつある印象を受けました。
CDRTにいたときは、
とにかく目の前のことを片付けるのに精一杯だったのが
SWISSAIDでは、外国人のコンサルタントを雇って
いまはモニタリング・評価の指導を受けていると聞きました。
12月にはもう一人雇うとか。
5人しかいない組織で、
外国人コンサルを長期間雇うというのもすごいですが
それも組織内の人材開発に力を入れているということでしょう。
海外での研修の機会も多いようですし
彼にとっては大きなキャリアアップの機会をものにしたようで
わたしにとっても嬉しいことです。

一方で、自分のことも考えてしまいました。
わたしがいまCDRTで進めているやり方というのは
あくまでも現在の枠組みの中で
いかに仕事を改善していくことができるか
対処療法的のようなものではないのかと考えさせられました。
きょうの彼の話を聞いていると
枠を超えて創造的に考えれば
もっとよい方法はいくらでもあるのではないか。
でも、なぜそういう方法を自分は取れないのか
制度上の問題なのだというのは言い訳であって
本当は、やる気がないだけなのではないかと。
まあ、いろいろ考えさせられたわけです。

わたしのいまの関心事は
いかにして現在のCDRTという枠の中で
村人とスタッフの学びを促すことができるのか
それが村の自立発展につながると信じてやっています。

でも、その裏、というか、超えたところには
もっと進んだ技術を学ぶとか
知識や技術を身につけるというコンテンツの学びもあります。
いまのところわたしは「学び方を学ぶ」という
プロセス(メタ認知能力)にばかり気が向いていますが
基本概念、知識、技術といったコンテンツの研修を
もっと村人やスタッフに提供したほうがよいのか
これでいいのかと自問することもしばしばです。

自分の信じた道を突き進みつつも
柔軟に他の道もしっかりと目を配る
そういうことが自分にはできているのか
考えさせられた再会でした。
いい刺激になりました。

  1. 2006/11/06(月) 23:20:00|
  2. オフィスもよう|
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洋行帰りの元同僚

2006.11.09 Thu

永住権を取得してアメリカへ移民した別の元同僚が
ミャンマーへ戻ってきて事務所に遊びにきました。
約4ヶ月ぶりの再会です。

4ヶ月前には
「アメリカで暮らすのは私の若いときからの夢だった」
と語って意気揚々出発していったのでしたが
まさに夢破れての帰国でした。

60歳を超えてからの移民は
本人にとっては相当につらく
アメリカンドリームは甘い話ではなかったようです。

彼は、モン・カイン州を統括するエリアのトップでした。
元大学教授で、話が長く、説教臭いので
なかには嫌う人もいました。
でも、ミャンマー人には珍しく
歯に衣着せぬ物言いが、わたしは好きでした。

「夢は悪夢に変わった」
とまあ、彼は明るく笑っていました。

移民とはいっても途上国からの移民は
やはりリタイアして悠々自適とはいきません。
家族を養っていかなければならず
働くとなれば
それなりの屈辱的なことも多いと
永住権を取得した別の人が語っていたとおりだったようです。
「百聞は一見にしかず」か・・・。

ミャンマーでは年上を敬う文化がありますが
アメリカでは年齢はほとんど関係ありません。
とくに、ミャンマーでは「エリート」で通っていた人だけに
移民というある意味、底辺へと転がっていった顛末には
甘い話があるわけもなく
希望というコインの裏には
絶望という文字が刻まれていたのかもしれません。

90年代前半にわたしはアメリカに学生として住んでいました。
学生としていても、いやな思いをすることはありましたが
移民として働くのとは大違いでしょう。
母国では大組織のトップにいた人ですから
アメリカでは自分よりも若い人にこき使われて
コピーとりやクリーニングの配達をやるわけです。
奈落の底に突き落とされたと考えたとしても
不思議はない気がします。

きょうはお土産にハーシーズの板チョコを2枚もらいました。
なんでハーシーズ?
まあ、それはいいとして
大きな箱でまとめ買いをして
事務所のスタッフたちに配っていました。
このチョコレートの大箱が
アメリカンドリームの成れの果てかと
悲しいような、可笑しいような。
本人はあっけらかんとしていたのが救いです。

さて、明日は
ミャンマーで活動する開発関係者の勉強会、
通称「M研」でプレゼンをします。
ここ1週間ずっと構想を練って準備をしてきましたが
いまひとつ自分の納得のいくものができていません。
うまくいくのか、楽しみなようで怖いです。

  1. 2006/11/09(木) 23:47:00|
  2. オフィスもよう|
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南チンヘ出張

2006.11.14 Tue

きょうからまた出張です。
今回はチン州の南部へ行きます。
帰りは来週の火曜日となりますので、
それまでブログをお休みさせていただきます。

  1. 2006/11/14(火) 07:10:15|
  2. 南チン州|
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