視野狭窄

2006.07.03 Mon

4月から新体制で臨んでいる保健教育事業。
ヤンゴン駐在のリーダー(HES)の下に
各エリアのトレーナー(AT)が6人配置されています。
ATの下には、各タウンシップに3人のトレーナーがおり
村出身の保健ボランティアの育成に取り組んでいます。

これら6人のATのうち2人が
新任のリーダーに対して不満をつのらせています。

4月に初顔合わせをしたときにも
何か違和感があったものの
わたしは原因に思い当たる節がなく
あまり気にとめていませんでした。

それから約3ヶ月。
今月の初めごろに
移民のため渡米した元エリアコーディネーター(エリアの長)
から話を聞き
4月時点での違和感に合点がいきました。

要は、HES選定の手続きが不透明だったため
結果に対して納得していないということらしいのです。
自分たちにも応募の機会が与えられてしかるべきであった
と、二人のATは不満に思っていたようでした。
これについては、たしかにそうで
わたしにも責任の一端があるので
謝罪して理解してもらうようお願いしました。

ただ、これだけでは
新しいリーダーへの反抗的態度の説明としては
あまり納得のいくものではありません。
選定プロセスが不透明だったからといって
選ばれたリーダー本人に非はないはずです。

どうやら、二人の反抗的なATのうち一人は
間接的に新任リーダーを知っていたようなのです。
しかも、HESとATは同い年の女性(30歳代前半)。
HESは大学で保健教育を専攻し、
ATは医学部出身の医者です。

どこの国でも多かれ少なかれそうでしょうが
ミャンマーでは医者(医学部)は最高学歴です。
他の学部生は3年間で学位をとって社会に出ますが
医学生は7年間勉強して医者になるそうです。
しかも、ミャンマーには学部の選択余地はなく
成績の上位から順番に、本人の意思とは無関係に
大学での専攻を勝手に決められてしまいます。
医学部は、いちばんお勉強ができる子たちが進む先なのです。
まあ、ここまでお膳立てがあると
多くの医者(医学生)は
「井の中の蛙大海を知らず」状態に陥ります。

このATは本当に優秀で勉強熱心で
村の保健教育に献身的ではありますが
悲しいかな、
同年女性に対する自尊心はどうしようもないようです。

さらに新任HESは、前に勤めていたNGOで
ATの同級生だった医学部出身のスタッフの下で働いていたそうで
それが今度は自分のボスとなったことが納得いかないようです。
これで、自尊心を傷つけられたと感じたとしたら
このATが優秀なだけに、悲しくなってしまいます。

まったく外から見れば
どんぐりの背比べなのですが
そのへんが広い世界を知らないミャンマーの若者の幼さなのか
それとも、世界中どこでもありえることなのか
それとも、女性間で特に顕著なことなのか
よくわかりませんが、
保健教育チームとしては明らかによくない傾向です。

しまいには、8月3日に予定されている
契約更新に伴う面接を放棄するなどとほのめかしたり
まったく困った事態になっていました。

そこで、わたしは彼女(AT)と仲のよい別のATに話をしました。
実は、彼もHESに対して不満を抱えていた一人でした。
その不満の原因はまた少し別なところにあるのですが
それについては以前にも話し合ったことがあるので深くは触れず
むしろ、もう一人のAT(医者)がCDRTを辞めないように
諭してくれないかと協力を頼みました。

考えてみれば、女医ATがそこまで不満をつのらせている背景には
HESと比較した自分のプライド以外にも
自分の仕事やその功績が十分に認められていない
という不満があったのではないかと思い至りました。
つまり、わたしが彼女の功績をもっと認めて、
ほめてあげればよかったのではないかと。

CDRTの中では規模の小さな保健教育事業ですが
よくよく見るとこれだけのことが起こっていて
マネジメントの経験があまりないわたしにとっては
とても勉強になっています。

明後日には問題のATに直接会う時間を取れるので
遅きに逸した感はありますが
腹を割って話し合ってみることにします。

  1. 2006/07/03(月) 08:59:59|
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雨期のチン州での事故

2006.07.03 Mon

保健教育チームのリーダーが
チン州最北端のトンザンから戻ってきました。
先月わたしも行ってきたところです。

彼女は4月にCDRTに入ってきた人で
チン州へ行くのは初めてです。
ミャンマーの人にとってもチン州は秘境なのです。

出張はかなり大変だったようで
今朝顔を合わせると
もう話したくて我慢できない様子でした。
ちょっと水を向けてあげると
開口一番、アクシデントに2回も遭ったといいます。

へぇ〜、どんなアクシデントだったの?

タウンシップの街トンザンから
約40キロ離れたある村へ向かう途中のことです。

タウンシップに何台かしかない車の一台を
プロジェクトとして借り上げていています。
製造から4、50年は経過しているオンボロのジープで
村へ向かう細い道で崖に落ちそうになりました。

チン州の山道は車がやっと通れるくらいの幅しかなく
しかも道の下は深い谷になっていることがよくあります。
そんな道を、激しい雨が降った後に通るのはかなり危険を伴います。
ぬかるんだ山道を走っているとき
ジープの左側の前後輪が両方とも道を外れました。
車が傾いたところで
あわてて乗っていたみんながジープの外に逃れました。
ロープを手に、何とかジープを道に戻したそうです。

その先さらに進むと
大木が倒れ、道を塞いでいました。
どうしようもないので
そこから約12キロほど離れた目的地の村まで
応援を頼みに同乗していたスタッフの一人が歩いていきました。
夜中の12時ごろになってやっと村人たちが到着。
木を斧やノコギリで切断、ジープが通れる道をつくり
ジープで村に着いたときには2時を過ぎていました。

村での用事を済ませ、今度は帰り道で
ジープのクラッチがおかしくなり
ぬかるんだ急斜面を登っている途中で立ち往生。
そこから近くの村まではまだ10キロ近くあり
先にまたスタッフの一人が助けを呼びに行ったものの帰ってきません。
夜になって気温が下がり、どうしようもないので
女二人、真っ暗で何も見えなくなった山道を歩き始めました。
懐中電灯も持っていなかったので
本当に真っ暗でもう泣きそうになりながらも
クリスチャンである二人は大声で神様にお祈りをささげ
何とか歩いて村まで着いたそうです。

jeep
(本文とは別のジープですが
 車体や道路の状態はこんなもんです)

いやー、私も5回はチン州へ行っていますが
ここまでのトラブルは一度もありません。
しかも、チン州のスタッフでさえも
こんなトラブル続きのことはないそうです。
初めてのチン州出張で、
かなり手厳しい洗礼を受けたようですが
彼女はまだまだ元気、
またいつでも行く気があるみたいです。

さいごに
トンザンから飛行場のあるザガイン州カレイまでは
さすがにオンボロジープを乗る気にはならなかったらしく
路線バスで戻ってきたそうです。

彼女曰く
クラッチが壊れているジープと
故障しているかわからない路線バスという選択だったので
路線バスを選びました。

ま、そうだけど…
路線バスは人と荷物を満載にして
不安定な状態で細い山道を走っているので
どっちのリスクが高いかといわれたら…

  1. 2006/07/03(月) 23:05:19|
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教会の鐘は?

2006.07.04 Tue

教会の鐘
先月、チン州ティディムへ出張したとき
ある村で撮った写真です。

タイトルにもあるように、ここは教会で
奥に見えるのは教会の鐘です。

では、この鐘は何でできているでしょうか?

不発弾のようです。
太平洋戦争中このあたりは
日本軍とイギリス軍の戦闘が激しかったところで
不発弾がたくさん残っているようです。

この鐘(爆弾?)は50センチはあったでしょうか。
かなり大きなもののように思いました。
残念ながら、いまでは平和利用されている
その音色を聞くことはできませんでした。

別の村でも何に使っているのかわかりませんが
もう少し小さなサイズの不発弾が縁側に置かれていました。
アルファベットと数字で
製品番号のようなものが記してあったので
イギリス軍のものだったのかもしれません。

  1. 2006/07/04(火) 22:05:19|
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軍票

2006.07.05 Wed

写真は、チン州で村の人に見せてもらった軍票、
つまり戦争中に発行された軍費調達のためのお金です。
軍票

ミャンマーにいると、これら日本の軍票をよく見かけます。
ヤンゴンだとお土産として売られたりもしますが
観光客など皆無のチン州では何の価値もないでしょう。

村に日本人がやって来たというので
持ってきて見せてくれたのだと思います。
10ルピー、5ルピー、1ルピー、
1/2ルピー、5セントが写っています。

日本による占領の前は、
ビルマはイギリスに占領下にあり
隣国インドの一州だったと聞いています。
ですので、
インドの通貨単位ルピーが使われていたのでしょう。

軍票は、戦争中は日本政府の保証により
日本の通貨と交換可能だったのですが(建前上は)
戦争が終われば価値がなくなり紙くずです。

10ルピーの束を見ると
おそらく500ルピー以上はありそうですが
現在の価値に直すといくらくらいなのでしょうか?
まったく見当がつきません。

ちなみに、
これらの軍票を見せてくれたおじいさんは、
子どものときに、日本とイギリスとの間の戦闘で
お父さんを亡くされたそうです。

  1. 2006/07/05(水) 23:05:19|
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村の女性の仕事

2006.07.06 Thu

チン州ティディム
タンヌェイという村の女性たちです。
米をふるい分けています。
米のふるい分け

おばあさんがざるを前後に傾けると
ジャラ〜、ジャラ〜と、
テンポよく、一定の間隔で米がざるの上を踊ります。
砕けた米や米以外のものがざるの端によっていき
ある程度の量がたまると捨てます。

チン州の主食はトウモロコシですが
少し余裕のある家庭では米を食べるようです。

ちなみに、おばあさんの頭の上にある
さび付いた車のホイールにはちゃんと用途があります。

村の人たちに何かを知らせたりするときに
カンカン鳴らすようです。

眼前にはこんな風景が開けていて
金属音は山々に響きわたります。
家の前の風景

  1. 2006/07/06(木) 21:05:19|
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