自転車散歩の楽しみ

2008.01.24 Thu

【2008年6冊目】
自転車入門―晴れた日はスポーツバイクに乗って
河村健吉 (著) (中公新書 2007年12月)
★★★☆☆

日本での新生活を始める上でいちばん楽しみにしていることがロードバイクである。速く走るために設計された自転車のことだが、慣れれば一日に100キロ走ることもそう難しいことではないらしい。新居の近くを流れる多摩川には最高のサイクリングロードがあり、自転車乗りのメッカとなっているとか。ゆくゆくは、「佐渡ロングライド」といった200キロを越えるレースにも挑戦してみたいという夢を膨らませている。

本書は、スポーツバイク暦3年の著者が、おもにシニアに向けて書いたもので、初心者向けの内容である。しかし、ギアのことなど基本的な技術の話もあり、わたしにとっては大いに参考になった。何よりも、著者が走った場所のウンチクが歴史などとともに語られており、ロードバイクをガンガンに走らせるのとはちょっと違うが、これまた自転車散歩の楽しみ方として共感できた。

  1. 2008/01/24(木) 20:35:09|
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過去からの継承

2008.01.27 Sun

【2008年7冊目】
占領と改革 (シリーズ日本近現代史 7)
雨宮昭一 (著) (岩波新書 2008年1月)
★★★★☆

終戦直後に断行された数々の「改革」は、連合国(実質的にはGHQ)抜きには実現不能なものだったのか。日本は「ガイアツ」でしか変わらないと思っている人が多いが、それに疑問を呈した形となる。わたし自身も、頭のどこかに、戦後日本の発展はGHQが主導した改革のおかげであり、戦前・戦中の「財産」にほとんど注意が向いていなかった。おそらく、戦時中にいいことがあるはずがないという思い込みがあったのだろう。しかし、「改革」は「占領」の成果ではなく、戦前・戦中から継承された条件にこそ原点があったのだと著者は主張する。

勉強不足のわたしにとっては新たな発見も多くあった。「占領改革には自由主義的改革というよりも社会民主主義的改革に近いものがあった」というのは、いまのアメリカから考えると意外だった。また、「占領軍のニューディール派を中心とした占領改革と[東条英機などによる]総力戦体制は実は同じ方向を向いた政策だった」というのも驚いたが、たしかに「社会の平準化、画一化、平等化、現代化」という点では共通点があったのだと納得させられた。

一方で、読みながら疑問だったのは、「占領なしでも改革はできた」という著者の主張にはたして何の意味があるのかということだが、GHQの評価によらずに歴史を検証し、思い込みから自立した視点で事態を見直したかったする著者の姿勢をあとで理解できた。

アメリカという国は自己喧伝が得意だが、日本占領においても「民主化」を自分たちの成果として誇示したという側面があるというのは頷ける。日本の民主化は、その後の占領モデルとなり、いまのイラクに代表されるように失敗を重ねてもアメリカは変えようとしない。そこには、日露戦争での成功体験におぼれた日本と似ているのかもしれない。

また、日本人にとっては、内から変えることができない、外の力に頼らざるを得ないという思い込みを払拭し、自信回復の足がかりになるのかもしれない。とくに片山・芦田内閣の政策に見られた「協同主義」は、無制限に市場が社会を支配する新自由主義に対抗する一つの答えとしてこれから期待できるのかもしれない。

  1. 2008/01/27(日) 02:35:17|
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戦後昭和史から今を考える

2008.01.30 Wed

【2008年8冊目】
昭和史 〈戦後篇〉 1945-1989
半藤一利 (著) (平凡社 2006年4月)
★★★★☆

『昭和史 1926-1945』の続編。前作同様、軽妙な語り口で読みやすい。

あとがきには「語り終わっていま考えることは、幅広く語ったつもりでも、歴史とは政治的な主題に終始するもんだな、ということである。(中略)政治的とは、人間がいかに動かされるか、動かされたか、を考えることであろう。」とある。本書では、歴史の表舞台に立ち、人を動かしてきた立場にあった「指導者」たちの言動を追うことで、戦後の昭和を浮き彫りにしている。また、戦前は政治・軍事が人を強引に動かした時代であったが、戦後はそこから脱却し人々が自主的に動こうとした時代であったと著者はいう。

著者は、戦後昭和を6つに分けている。
?昭和20-26年:占領の時代
?昭和27-35年:政治闘争の時代
?昭和36-40年:経済第一の時代
?昭和41-47年:自信回復の時代
?昭和48-57年:価値観の見直しの時代
?昭和58-64年:国際化の時代

これらに割かれた紙面は時代によって偏りがある。本書は15章からなるが、1-9章を?に、10-13章を?に、そして14、15章は?と?について書かれている。?と?は最終章で少し触れられているだけで、その理由はまだ「歴史」になっていないからだそうである。

大部分を「占領の時代」にかけたのは、やはりそれが戦後日本の骨組みをつくったからであろう。わたしにはこの時代の知識がほとんどなかったので、読んでいてとても面白かった。一方で、この時代の記述を読んで感じたのは、一部で日本側の抵抗もあったが、基本的にはGHQに振り回されたという印象である(占領されていたので当たり前だが)。次に?では、政治家主導で歴史が動き、55年体制が敷かれ、それに反発するかのように60年安保では民衆の主体的な動きが頂点に達した。しかし、その後は経済至上主義に陥り、人びとは「自分の生活がよくなればいいや」というメンタリティへと移行してきた。

いずれにしても、これらの時代には何かしらの軸があって、日本全体が方向性があったように感じる。それと比して今はどうなのか。

細かいところで印象に残ったのは、終戦直後は天皇をめぐる周りの動き、戦争責任の回避や国体は多くの政治家にとって最重要課題だったこと。また軍隊・戦争放棄の条項は、天皇を守るためにも必要だったということを初めて知った。GHQ内での政策の転換、それがいかにして起きたのかも面白かった。鳩山・岸といった改憲・再軍備の強硬路線があったことなど、恥ずかしながら知らなかった。国民はこのとき(とくに岸内閣で)はっきりとノーを突きつけたが、ここにきてまたこの議論が再燃しているわけか。また、この頃の首相というのは、いいか悪いかは別として、「これは必ずやってみせる」という大きな命題を抱え、実際に実現してきたのには驚いた。鳩山一郎の日ソ国交回復、岸信介の新安保条約、岸池田勇人の所得倍増、佐藤栄作の沖縄復帰など。

わたしは昭和46年生まれで、日本が自信を取り戻して光り輝き、そしてまた落ちていく過程を経験してきたことになる。「国際化の時代」を経て、わたしもまた海外を飛び回り、そういう意味では、まさに昭和の黄昏を生きてきたかのようだ。

いま平成が20年を迎え、日本はどこへ向かおうとしているのか。戦後昭和の流れをみていると、高まりを見せた自主性だが、だんだんとまた方向性が定まらなくなってきている感がある。半藤さんがいうように、再び「むりに人間を動かさねば」という時代が来るのだろうか。

  1. 2008/01/30(水) 17:58:04|
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引き寄せの法則

2008.01.31 Thu

【2008年9冊目】
ザ・シークレット
ロンダ・バーン (著) (角川書店 2006年4月)
★★★★☆

「秘密」とは「引き寄せの法則」のこと。日々の思考や想像が、その人が手に入れるものになるという。

わたしは基本的にこういう話は信じる。アインシュタインもいっている。「生き方には二通りしかありません。奇跡はどこにもないという生き方と、すべてが奇跡だという生き方です。」(弓場隆編訳『アインシュタインにきいてみよう』)。事実、ここ数年は、自分が望み、紙に書いたことが次々と実現している。子どもが生まれ、体重は減り、新しい仕事を得ることができた。その会社では師匠と呼べそうな人もいる。自分が望むものがはっきりしていれば、そこにエネルギーが向かうのは間違いないと思う。

さて、他の自己啓発の本を比べて、とくに内容的に目新しいものはなかったが、わたしにとって参考になったこと忘れないように書きとめておこう。

自分の考えていることを知るためには、心を穏やかにする術を学ぶことが大切。このためにも瞑想をする。短い時間でもいい。(p.47)

シークレット・シフターとは自分の気持ちをすぐに切り替えられる方法。このリストを作成し、いつでもそれを実行できるように用意しておく。美しい思い出、将来の夢、笑えた瞬間、自然、愛する人、お気に入りの曲など。(※わたしには139個の夢リストがあり、まだまだ増えている)(p.68)

毎晩寝る前に、その日の出来事をすべて思い出し、自分の思い通りに行かなかった出来事や瞬間があれば、それをワクワクするような喜びとともに、頭の中で再生しなおす。(p.122)

ビジョン・ボードをつくる。達成したいものや引き寄せたいものの写真をボードに貼っておく。子どもと一緒にやっても面白い。(p.146)

想像力が全てだ。それは人生でこれから引き寄せるものの予告編なのだ(アインシュタイン)(p.148)

自己犠牲は絶対的な不足という考えに由来している。実は、豊かさは全員に準備されている。(p.191)宇宙には、時間も大きさもない。(p.107)

否定的なことに焦点を合わせることで、世界を救うことはできない。世界の否定的な出来事に焦点を合わせるとそれをもっと悪化させ、同時に自分の人生にも否定的なものを引き寄せる(※「貧困削減」などは典型か?生計向上のほうがいい?)(p.232)

あなたはこの世に存在するだけで驚くべき力を持っている。あなたが気持ちの良くなる良いことに焦点を合わせれば、世界にもっと良いものをもたらします。同時にもっと良いものが、あなたの人生にもやってきます。(p.234)

あなたの周りにあるものを祝福し賞賛しましょう。(p.243)

競争とは分かり合う恩恵が限られていて、十分ない、不足しているという精神的な恐れから生まれます。(p.260)

思い出すことを忘れないように。立ち止まって、自問する。(p.273)

今、幸せになって下さい。今、良い気持ちになって下さい。あなたがしなければならいことはそれだけです。(p.286)

  1. 2008/01/31(木) 17:59:02|
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潔さ

2008.02.01 Fri

【2008年11冊目】
父親の品格
河北義則 (著) (ダイヤモンド社 2007年9月)
★★★★☆

硬派の父親観といったところか。配慮を欠く表現が気にならなくもないが、それが存在感・威厳のある父親なのだ、ともとれる。「何か文句あっか」の世界だ。でも、優しい眼差しも感じる。

父親の権威・権力を肯定し、親の方針を気に入らない子どもは出て行け、というあたりさすが。親の保護下にある子どもが親の言うことに従うというのは、筋が通っていると思う。たしかに、戦後の日本は丸くなりすぎたのかもしれない。自由、平等と言い過ぎ、多くのカン違いを生み出した。その結果、いまの社会はどうなったのか。父親と子どもは決して友達ではない、上下関係が基本だ、という考えに大いに賛同する。このあたり、最近「悪役」が注目されているのと関連ありそうだ。言うべきことを言わず、波風立てず安易に済ませ、いい人ぶってる人が多い(自戒を込めて)。父親は悪役を買って出ろ。

日本はとかく両極端に振れやすい社会だが、本書の言っていることは一理あると思う。まあ、自分がそんな父親の子どもという立場だったら・・・。矛盾しているかな。

子育てで期待した結果が出ることなんて稀なんだから、という達観した見方がまたいい。理想的な教育法なんかない。子どもを合理的に育てようとしても、メッセージは伝わらない。むしろ、「余分」なことや「むだ」と思われることを積極的にしたほうがいい。何が吉と出るかはわからないのだから。親の何気ない言動のほうから、子どもはより強烈なメッセージを受け取る。だから、逆に親は気を抜けない。マニュアルどおりにやるべきことだけをやっておいていい、ということでは決してない。

自らを省みて、子どもの手本となれるよう恥ずかしくない振る舞い、生き方をしたいものだ。はじめは背伸びになることがあるかもしれないが、確実に親の成長にもつながるだろう。親ができないことを、子どもに押し付けることはできない。

  1. 2008/02/01(金) 10:36:35|
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