農村のトイレ事情

2006.03.03 Fri

きのう農村のトイレ事情について書いたところ
質問をいただきましたので、
きょうはもう少し詳しく書いてみます。

一般にミャンマーの農村では、
トイレはあまり使われていません。
では、どうしているのかというと
草むらや森の中で用を足すのです。
たいていは、女性用と男性用の大まかな場所が決められていて
「女は村の北側、男は村の南側」のような感じです。

地域によっては
ブタなどの家畜を居住区から隔離している村も多いのですが
ブタを放し飼いにしている村もまだまだたくさんあります。
こういう村では
朝靄の中、人間様が森のほうへと向かうと
事情を察したブタが追っかけてきます。
お尻を舐められるのは気持ちが悪いので
ブタを追い払うために棒をもって大事に至るそうです。

さて、なぜトイレは大切なのでしょうか。
当たり前ですが、
トイレによって病気を予防できるからです。

たとえば、ある病原体を持った人が森で用を足したとします。
そこにはハエがたかり、卵を産みます。
病原体をくっつけたハエは
誰かの家で用意されている食べ物にたかり
それを食べた人は同じ病原体に感染してしまいます。

体力のない乳幼児やお年寄りにとって
下痢は大きな脅威です。
適切な処置をしなければ命を失うこともあります。

また、ブタや犬など動物を介しても病気は広がります。
チン州などではいまでもトイレの下にブタを飼っていて
人間の排泄物を餌として与えているところがあります。
かつて沖縄などにもあって「豚トイレ」というそうです。

「おお、これは効率がいい!」
なんて呑気に言ってる場合ではありません。

「人体嚢虫症(cysticercosis)」
という危険な病気があります。

寄生虫(サナダムシ)に感染した人のお腹では
毎日100万個もの卵が生まれるそうです。
虫卵を含んだ糞便を食べたブタは、
その筋肉や内臓に嚢虫(幼虫)を宿します。
サナダムシは人間の中にいる限りほぼ無害です。
(「サナダムシ・ダイエット」があるほど)
ただ、この嚢虫のいる豚肉をよく火を通さないで食べると
人の中で成虫となります。

この豚肉から感染する寄生虫を「有鉤条虫」といい
非常に危険です。
胃の中で孵化した幼虫は血流に乗って体中を移動します。
場合によっては脳で幼虫が育ち(neurocysticercosis)
頭痛やけいれん発作を引き起こすそうです。
こうなると農村ではほぼ治療不能です。

さらに危険なのは
ブタから人、あるいは人からブタという感染だけでなく
今度は人から人へも感染することです。
たとえば、有鉤条虫に感染したヒトの糞便が
飲料水に混ざったり、野菜などの肥料として使われたりして
口から体内に入ると同じように有鉤条虫に感染します。

その他にも、犬を媒介として感染することもあります。
犬は村の中でうろうろ餌を探して歩き回っていて
糞便などとの接触も多くあると思われます。
そうやって寄生虫に感染した犬を子どもがなでると、
その手に寄生虫が付着し
そのまま手を洗わずに食事をすると口から寄生虫が入ります。

有鉤条虫ほど深刻ではありませんが、
寄生虫は栄養を吸い取るので
栄養失調の症状が悪化します。
また農村ではお腹が膨らんだ子どもを多く見ますが
これも8割が寄生虫のせいといわれます。

寄生虫に感染したら
虫下しを飲むのが唯一の治療法ですが
すぐにまた寄生虫をどこからかもらってくるので
根本的な解決にはならず、
繰り返し服用することになります。
それに農村ではそんなお金がないので
虫下しを服用できる人はほとんどいません。

寄生虫の話にのめりこみすぎました。

さて、CDRTで支援しているトイレは
Fly-Proof Latrineといって「ハエ防止仕様」です。

構造はいたって単純です。
まず、排泄物を溜めるための穴を掘ります。
穴は直径1m弱、深さ1.5mほどです。
この横にトイレの小屋をつくります。

小屋の床にはプレスティック製の便器をはめ込み
パイプを斜めの角度で取り付け穴へとつなげます。
パイプの先端にはフタをつけておき
モノが流れてくれば開くようになっています。
フタは使い古したゴム草履を使ったりします。

穴のほうは、側面に竹で編んだマットを貼り付けます。
雨などによる侵食を防ぐためです。
そして地表部には棒を2、3本ほど横に渡し
その上に竹製マットを敷き、上から砂や土をかけます。
穴から地表へとガス抜きのための竹を差し込んでおき
この先端にもハエを防止するような仕掛けがあります。
穴がモノでいっぱいになるのはだいたい2-3年で
そうすると別の場所にまたトイレを移設させます。

とまあ、いろいろ書きましたが
公衆衛生上トイレはあったほうがいいのですが
村人にとってはなかなかそのメリットが目に見えず
あまり積極的には作りたいとは思わないようです。
それに、作り方が適切でないために
トイレがハエや蚊の棲家になっていると思っているようです。

悠久の昔から開放的な空間でトイレをしてきた人たちにとっては
狭い小屋の中で用を足すことなんか
臭いし不衛生に感じるのでしょう。

農村でトイレを増やしていくのは
なかなか容易なことではありません。

  1. 2006/03/03(金) 23:09:24|
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チン州北部へ出張

2006.06.01 Thu

これでやっと出張ができます。

航空券も手元にあるので
ほぼ確実といえるでしょう。
もっとも明日になれば悪天候だの何だのと
予期しないような理由で
キャンセルになる可能性はありますが。

当初の日程は5月21日出発だったので
ほぼ2週間遅れとなりました。

今回はチン州北部のティディムとトンザンへ
1週間の予定で出張します。
トンザンはインドと国境を接するチン州最北端にあり
わたしもはじめて行く場所です。

目的は、わたしの仕事のコアともいえる
「住民自身による自立発展」を促すパイロット事業を
チン州でも始めることです。
もっとも、これはCDRTの最上位目標でもありますから
最重要課題です。

ラカイン州ではすでにパイロットを始めていて
うまくいっているとの報告を受けています。
場所が変わり、人や文化が変わっても通用するのか
スタッフと一緒にいろいろ試してみようと考えています。

またヤンゴンに戻ってきたら報告します。
戻りは6月9日になります。
いつものように、ブログは1週間休ませていただきます。

  1. 2006/06/01(木) 17:44:03|
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チンから戻り、そして…

2006.06.12 Mon

チン州から戻りました。
行った初日におなかを壊してしまい
出張中はなかなかつらい日々を送りました。

二日目には、
地元の人が使う勾配のきつい山道を行きは下りを2時間強、
帰りは上りを3時間ほど歩かなければいかなかったので
腸の動きを止める薬を飲んで
何とかごまかしながら乗り切りました。

三日目以降は幸いにも下痢が止まったのですが
食欲は戻らず
あまり食べ物が喉を通らなくなりました。
チン州のごはんがあまりおいしくないので
食べる気にもならなかったというのもありました。

しかし、まあ、1週間後にヤンゴンへ戻ってみると
体重が2.5キロも減っていたのには驚きました。
今年の目標としていた体重が目前です。
週3回のジムでの運動と週末のテニスでも減らなかった体重が
こうも簡単に減るとは。
もう一度出張すれば確実に目標クリアー!
なんて。

あれからもう1週間以上たちますが
まだ胃腸に違和感が残り、食欲は戻らず。
それにもまして気分を沈めたのは
そう、ワールドカップ。

この話題に触れずして
きょうのブログは書けないでしょう。
でも、どう表現してよいやら
言葉が見つかりません。

アパートのマネジャーさんが
せっかく苦労して日本戦を見ることができる
カンボジアのチャンネルを探してくれたのに…。
まさか、こんな結果になるとは。

体調も悪いし
気分も悪いし
今晩はもう寝るしかないようです。

  1. 2006/06/12(月) 23:20:24|
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チン州北部、インドとの関係

2006.06.14 Wed

今回の出張では
ティディムとトンザンという
2つのタウンシップを訪れました。

トンザンは昨年5月からCDRTの対象になった地域で
初めて訪れる場所です。
ティディムには5泊しましたが
トンザンでは1泊だけでしました。

トンザンは世帯数600、人口約3000という
村をちょっと大きくしたような街でした。
tonzang.jpg
インドとの国境に近いので
交易が盛んなのかと想像していましたが
街中には物があふれているという感じはなく
どこか閑散としていました。

インドとの交易という面では
ティディムのほうに物が出入りしているようですが
中国との国境があるカチン州やシャン州と比べると
チン州のほうはほとんど眠ったような雰囲気です。
やはりチン州が貧しいということがあるのかもしれません。

中国やタイとの国境地帯もそうですが
インドのほうでも一帯には同じ民族が住んでいます。
インドのミゾラム州ではミゾ族という
チン族と同じ系統の民族が住んでいて
言葉はチン語とほぼ同じだそうです。

ただ、経済的には大きく溝を開けられています。
ミゾラム州はインドの中でも貧しい地域なのでしょうが
ミャンマー側と比べると天と地ほどの差があります。
ミゾラム州の州都アイゾールは人口12万で
チン州の州都ハッカが1-2万ですから大きな違いです。
チン州では山の尾根に街があるので
平らな土地はほとんどありません。
そう考えると、アイゾールの12万というのはたいしたものです。

言葉が通じるので
チンの人たちの多くがミゾラムへ出稼ぎに行きます。
もちろん不法労働でしょう。
またチン族だけでなく
ビルマ族の人たちも手織りの職に就いたりしているそうです。

  1. 2006/06/14(水) 23:50:38|
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雨期のチン州での事故

2006.07.03 Mon

保健教育チームのリーダーが
チン州最北端のトンザンから戻ってきました。
先月わたしも行ってきたところです。

彼女は4月にCDRTに入ってきた人で
チン州へ行くのは初めてです。
ミャンマーの人にとってもチン州は秘境なのです。

出張はかなり大変だったようで
今朝顔を合わせると
もう話したくて我慢できない様子でした。
ちょっと水を向けてあげると
開口一番、アクシデントに2回も遭ったといいます。

へぇ〜、どんなアクシデントだったの?

タウンシップの街トンザンから
約40キロ離れたある村へ向かう途中のことです。

タウンシップに何台かしかない車の一台を
プロジェクトとして借り上げていています。
製造から4、50年は経過しているオンボロのジープで
村へ向かう細い道で崖に落ちそうになりました。

チン州の山道は車がやっと通れるくらいの幅しかなく
しかも道の下は深い谷になっていることがよくあります。
そんな道を、激しい雨が降った後に通るのはかなり危険を伴います。
ぬかるんだ山道を走っているとき
ジープの左側の前後輪が両方とも道を外れました。
車が傾いたところで
あわてて乗っていたみんながジープの外に逃れました。
ロープを手に、何とかジープを道に戻したそうです。

その先さらに進むと
大木が倒れ、道を塞いでいました。
どうしようもないので
そこから約12キロほど離れた目的地の村まで
応援を頼みに同乗していたスタッフの一人が歩いていきました。
夜中の12時ごろになってやっと村人たちが到着。
木を斧やノコギリで切断、ジープが通れる道をつくり
ジープで村に着いたときには2時を過ぎていました。

村での用事を済ませ、今度は帰り道で
ジープのクラッチがおかしくなり
ぬかるんだ急斜面を登っている途中で立ち往生。
そこから近くの村まではまだ10キロ近くあり
先にまたスタッフの一人が助けを呼びに行ったものの帰ってきません。
夜になって気温が下がり、どうしようもないので
女二人、真っ暗で何も見えなくなった山道を歩き始めました。
懐中電灯も持っていなかったので
本当に真っ暗でもう泣きそうになりながらも
クリスチャンである二人は大声で神様にお祈りをささげ
何とか歩いて村まで着いたそうです。

jeep
(本文とは別のジープですが
 車体や道路の状態はこんなもんです)

いやー、私も5回はチン州へ行っていますが
ここまでのトラブルは一度もありません。
しかも、チン州のスタッフでさえも
こんなトラブル続きのことはないそうです。
初めてのチン州出張で、
かなり手厳しい洗礼を受けたようですが
彼女はまだまだ元気、
またいつでも行く気があるみたいです。

さいごに
トンザンから飛行場のあるザガイン州カレイまでは
さすがにオンボロジープを乗る気にはならなかったらしく
路線バスで戻ってきたそうです。

彼女曰く
クラッチが壊れているジープと
故障しているかわからない路線バスという選択だったので
路線バスを選びました。

ま、そうだけど…
路線バスは人と荷物を満載にして
不安定な状態で細い山道を走っているので
どっちのリスクが高いかといわれたら…

  1. 2006/07/03(月) 23:05:19|
  2. 北チン州|
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